2017年3月6日月曜日

月島での生活が教えてくれたこと

2004年8月。
夜逃げこそしませんでしたが、かなりな失敗感と共に
古巣、月島へと戻ってきた私たち。

いい年して、子どもまでいて、いつまでもバックパッカーに未練があって。
本当に条件のいい仕事辞めて世界一周なんて。

それがいけなかったのだ。
これからは心を入れ替えて精進しよう、と。
今までの浮ついた気持ちを恥じ、
海外放浪のことはひた隠して、真面目に生きようと決心しました。

好きなことをして自由な生活のほうが素敵?
同じ会社に勤めて、地元の人と付き合い
真面目にコツコツやることは馬鹿らしい?息苦しい?

そう考えるのも真理です。
が、問題はそこではない。

生活のスタイルをどうするか?
環境を変えればより良い人生になるのではないか。
人はつい、そう考えてしまいがちですが
そこではないんです。一番に変えなければいけないものは。

どうして自分は不幸なんだろうと感じた時、自分以外の回りに原因を探してしまいます。
そして、それは大抵変えようがなくて、絶望します。

だけど、運命は変えることができます。
なぜなら、不幸の原因は必ず自分の中にあるものだから。
他人は変えられないけれど、自分は変えることができます。

何が自分に足りなくて、直さなければならないのだろう?

月島という土地は私に考える時間をたっぷりくれました。
私に足りないものは
コツコツ頑張ること。
小さなことを大切にすること。
続けるということ。
感謝すること。

32歳の挫折でした。



2017年1月27日金曜日

帰国後の生活②

2000年に世界一周旅行から帰国した私たちは
宅配専門寿司店に勤務し3年半、過酷労働の末退職することになりました。

その後は以前勤めていた築地市場の荷受会社の先輩の紹介で
イサは築地の魚類仲卸業者に勤めました。

結婚してすぐに住んだなじみのある土地。
一緒に子育てした月島の人たちが温かく迎えてくれました。
本当にありがたかった。

本当に疲れ果てていましたから。

世の中をなめて「好きな時に好きなことをするんだ!」とか言って
迷惑こそかからないにしても、だれの役にも立たないようなことを
いい年をしてやるのは良くありません。
そういう事をして許されるのは学生までです。

そのツケが来たんだと思いました。

私たちはすってんてんになって元住んでいた土地に帰ってきたのです。
でも、誰もそのことを笑ったりしませんでした。
深く深く反省しました。

これからは誰かの役に立つことをしよう。
みんな誰かのために一生懸命働いている。

そのことがとても尊いと思いました。

でもフラフラしていた私たちに出来ることはなかなかなくて。
相変わらず、今もそうですが、周りの方々にお世話になりっぱなしです。

月島での居心地の良い生活はそれから10年続きました。


ゆみこ





2016年12月28日水曜日

帰国後の生活

2000年5月

一年間の世界一周(?)旅行から帰ってきた私たちは
「年収5000万円も夢じゃない」という広告に乗せられ
ある宅配ずし専門チェーン店に就職します。

労働は過酷、と言えると思います。
イサは朝9時には出勤、全ての業務を終えて帰宅するのは
午前1時~3時。そしてまた朝9時出勤。
睡眠は3~4時間。
年末年始はその僅かな睡眠さえ取れませんでした。
休日は一応ありますが、トラブルが起こったり、バイトが休めば代わりに出勤。
仕事で失敗があれば、給料から罰金と称する天引き。

ひどいでしょう?
でも、いいこともありました。

雇われの身ではありましたが、これは自営業の形にかなり近かった。

自営業、ということがどういう事か分かる良い機会でした。
一番よく分かった事は、休みは基本的には無い、ということでした。

それから
店長がたった一人の社員なので、店に家族が自由に出入りできました。
・・・というか、家族はタダ働きしてその店舗の労働力を補うのです。

悪く考えると損な気もしますが、家族でいられる、
そして同じことを目標にして
いつも同じ目線で物事を考えるということは
実はとても楽しいことでした。


このことは今「自営業をする」ということを覚悟するには良いトレーニングでした。

そして、うまく休みを取らないと、長続きはしないということも分かりました。

そう。長続きしなかったのです、この生活は。
2003年8月、働き詰めに働き詰めた私たちは
精根尽き果てた、という感じでこの宅配寿司の会社を退社しました。


続く

ゆみこ








2016年12月12日月曜日

お金だけでも気持ちだけでもだめ。そしてもう一つ・・・

「お金があれば、何でもできる!」
と思っていた私たち。

逆に
「何にもできないのはお金がないから」
と決めていました。

結果から言うと、
「お金があってもできないときもある。やりたい気持ちだけでもできない。
そしてお金は必要不可欠。全てのピースがそろった時にチャンスはやってくる」
です。

それに加えて、さらには
「夢実現には全く関係なさそうなことも、必要かつ重要なピースである」
これが欠けてはいけないんです。
そして、こういう事というのは一見、これをやっていたら開業には遠回りになるんじゃないか?と思われるような事です。それは具体的にはどのようなことだったのか、今後詳しく書いていきます。

これはゲストハウス開業に関わらず、すべてのことに共通します。

夢というものはあくまできっかけ、始まりにすぎません。
夢を叶えようとするまでの道筋に何があるか、
その出来事をどう考えるか。
そして、自分がそのことを通してどう変わっていくか。

生きていることの意味がそこにあると思うんです。
この話は長くなるからまた今度。

とにかく「お金集め!」
と思い込んでいたので、求人広告を見て
「年収5000万!(も夢じゃない)」
という謳い文句にひっかかり、イサは某宅配専門寿司店に勤めました。

これが大変だった。

「手伝わないからね!」と言っていた私もそうはいっていられなくなります。

続く

ゆみこ


2016年12月5日月曜日

ゲストハウス開業をあきらめる

2000年5月
不動産屋さんも保健所さんも相手にしてくれなくて
ゲストハウス開業は難しそうだと1週間で判断した私たち夫婦は、あっさり諦めました。

このころ日本はバックパッカーブームで
どんな地の果てに行っても日本人がいましたから
その人たちが帰国して、おんなじことを考えていたといます。
そして玉砕していったと思います。

その中でだれもやらないことをやるのはほんとにすごい。
〇オサン東京さんとかK'〇さんとか。
初めてのことを模索していったんですから。

「うちも16年前からやろうと思ってたんですよ~」
って言っても、何の自慢にもならないです。できなかったんだから。
でもね、こう思うんですよ。

「あのとき(16年前)の私たちには、まだ開業するだけの準備がなかったなあ」
と。今振り返るとよく分かります。

「準備」というのはお金とか建物だけでなく心構えみたいなものも含まれます。
本当に幼かった。
で、幼い私たちはこう思いました。

「私たちに足りないもの、それはお金。」
・・・まあ、たしかにそうなんですけれどね・・・
先立つものとはよく言ったもので。
心構えだけあってもやはりどうにもなりませんから。
お金そして心。
どちらかだけではできないことに、長い年月をかけて気付くわけですが。

とにかく、ゲストハウス開業を一旦諦めた私たちはとりあえずお金を作ろうとします。
そして安易な求人広告に見事に引っかかってしまいます。

続く

ゆみこ




2016年12月3日土曜日

ゲストハウスの開業は難しい、ということに気づいた②

不動産屋さんで門前払いをいただき、すぐに物件探しが暗礁に乗り上げた私たちでした。
どこをどう調べたのか忘れましたが

「宿泊業を開業するには保健所の許可がいる」
らしい、ということを知りました。

台東区の保健所さんに
「宿泊業を開業するにはどうすればいいですか」
とかなりざっくり聞きにいきました。

すると
「旅館業法のしおり」
(だったかな?宿泊業開業をクリアするのに基準となる設備などの記載がある。)
という冊子をくださって
「もう物件は決まっていますか?」
ときかれました。
私たちはもう何が何だかわからないので

「どんな物件がいいですかねぇ~」

と甘えたことを言いました。すると保健所の方は

「…物件がないとね、私たちもどう判断していいか分からないんですよ。」と。

それはそうですよね。小さなゲストハウスからプール付きの大ホテルまで、許可申請の窓口は一つなんですから。建物決めてから来てくれないと分からないですよね。。。、

そういうわけで不動産屋さんも相手にしてくれないし、保健所との話も進まないし。
「なんか、むずかしいな~」
どこからやっていいか分からなくなったので、一旦この話は消えました。


ゆみこ

2016年11月27日日曜日

ゲストハウス開業は難しい、ということに気づいた。

一年間の旅の後、2000年に帰国してからしばらくは
イサの実家(埼玉県)に身を寄せて
ゲストハウスの物件探しが始まりました。

夜な夜などんなゲストハウスにしようか?
夫婦で相談(妄想)しました。楽しかった。

場所はやっぱり浅草がいいよね。

一泊いくらにする?1000円位かなあ~。

どうやってお客さん集めようか?
成田からの電車に乗ってさ、バックパック背負った外人にさ
「宿探してる?うちゲストハウスだから、泊まらない?」
って客引きしよう。
(2000年当時はまだネット予約なんてありませんでしたから。)

とか。

すっごい現実的じゃなかったな~。

でも、「できる」って思い込んでましたね・・・・
若いって素晴らしい。


で、浅草界隈の不動産やさんに入っては
「なんか家とか~、マンションとか~、ビルでもいいんですけど~。
ゲストハウスやるのに貸してくれるとこ、ありませんかねっ」
って。
脳天気ですね。

雑居ビルの一室でできると思ってましたから。
(実際はできる方法があるのかもしれませんが)
海外では結構普通に雑居ビル利用のゲストハウスがありましたし。


だけど・・1個の物件紹介すらしてくれません。どこも門前払いでした。
そうですよね、1年放浪後すぐですから。
日焼けで黒いし、久しく働いてないからそこはかとなくアヤシイというか
信用できない感じがプンプン匂ってるんですよ。私たち。


そうでなくても、そんなゲストハウスなんて聞いたこともない商売、
そんなものには簡単に貸してくれないです。
何軒か不動産やさんまわって
「できないかあ〜」
作戦し直そう、となりました。

続く


ゆみこ